北海道大学 大学院医学研究院 脳神経外科

臨床研究

脳血管障害に関する臨床研究

脳動脈瘤、もやもや病などの閉塞性脳血管障害、 脳血管奇形における病態研究を行っています。 特に、若年者の脳卒中の原因として近年増加傾向にある指定難病もやもや病に関しましては 長年の診療経験を踏まえて、遺伝子研究やバイパス周術期病態の解明を中心に先進的研究を推進しています。 もやもや病に対するバイパス手術はガイドラインでも標準治療として推奨されていますが、 術後急性期に局所過灌流(一時的な流れすぎ)や特異な脳虚血病態(watershed shift現象)など、 もやもや病に特徴的な病態を呈することを見出しました。 さらなる治療成績向上を目指して術後急性期の病態解明を脳循環画像やMRIを駆使して推進しています。 また、くも膜下出血の原因として重要な脳動脈瘤に関して高感度MRIを用いた動脈瘤壁イメージング(vessel wall imaging)を 駆使した動脈瘤増大・破裂に関する病態研究を進めています。

脳血管撮影によるもやもや病の診断

もやもや病に対する浅側頭動脈・中大脳動脈バイパス術

術後MRAによるバイパスの描出

脳血流SPECTによる術後脳循環動態の評価

脳動脈瘤破裂機構の解明

脳動脈瘤が破裂するメカニズムは未だに不明です。 これを解明すべく、臨床研究と基礎実験の両面から研究しています。 手術で摘出した動脈瘤標本に対して、走査電子顕微鏡や免疫染色で動脈瘤壁を観察するとともに、 術前3D画像から流体解析を行い、力学的要素と病理学的要素を関連づけて解析しています。 併せて、旧来型ラット脳動脈瘤モデルを改変して容易に破裂する大型動脈瘤モデルを作り、 薬剤投与実験を行っています。 この研究が実れば、手術に頼らずに内科的な方法でクモ膜下出血を防止することができるようになるかもしれません。

EZO (effective zone for mobile stroke team) trial

近年の血管内治療の進歩により脳梗塞の治療が進歩していますが、 新しい治療を行う医師の数が少ないため、地域によっては治療が適切に行われないところもあります。 そこで、北海道大学病院は関連施設と協力して、専門医が出張し治療支援を行うシステムを構築いたしました。 この治療支援システムが科学的に有効であることを証明することができれば、 より多くの方に適切な医療を提供できる可能性が広がります(図参照)。 今後ますます、医療の質の地域格差が拡がることが懸念されており、 このことを解決する手段の一つとして期待しています。

医師出張支援システムによる救急車1時間圏内の拡大

北海道大学保健科学研究院・小笠原研究室との共同研究

医療経済学的アプローチを用いた脳梗塞治療

当教室では北海道大学保健科学院の小笠原先生のグループと協力し、脳梗塞に対する血管内治療や脳卒中後のリハビリに対する医療経済学的なアプローチを行っています。
近年、医療費の増大が社会的問題となっている中で、新規治療に対する適切な医療コストの評価が重要であると考えられてきています。
脳梗塞の治療は多くの新規治療が行われています。特に注目されている血管内治療・再生医療・ロボットリハビリなどについて、医療経済学的アプローチでの分析を試みてきました。例えば、上川中部医療圏から道北地域に医師が出張して脳血管内治療を行うことにより、増分費用効果比が$14,173±16,802と、費用対効果に優れるというデータを得ました。
このような分析の経験をもとにこれからはナショナルデータベースを利用した脳梗塞治療の費用対効果分析に挑戦していきたいと思います。

中枢神経系希少血管障害疾患のレジストリ構築と生体試料バンキング

脳動静脈奇形、海綿状血管腫、硬膜動静脈瘻などの血管奇形疾患や、なんらかの炎症性機序による血管炎などの中枢神経の血管障害疾患は、世界中でさかんに研究が行われてきているものの、疾患が希少であるために、よくわかっていないことが今でも多い疾患と言えます。
本研究は、これらの希少疾患データを収集することであり、疾患頻度などの疫学を調査したり、病気の原因を考察したり、適切な治療が何であるかなどを、調査する基盤になります。同時に、血液や組織を保管する生体試料バンクを構築し、得られたゲノム情報などを臨床データと連携させることで、新たな診断・治療・予防法の開発、個別化医療の実現などを目指します。

間葉系幹細胞を用いた脳の病気に対する再生・細胞治療

医療が進歩した今でも脳の病気(脳梗塞や脳出血)は麻痺などの後遺症を生じその治療は困難です。 そのような中、失われた機能の回復を促す手段として、 神経細胞などに分化する可能性をもつ幹細胞(iPSや骨髄幹細胞など)に注目が集まっています。 当科では、患者さんご本人から摘出した骨髄幹細胞(BMSC)を培養増殖し、脳内に戻すという研究を進め、 2017-2021年に脳梗塞に対する医師主導治験(RAINBOW研究: https://www.amed.go.jp/news/release_20171110-01.html )を行っております。その成果をもとに、より患者さんの多い①脳梗塞慢性期(RAINBOW社との共同研究)、 ②脳出血慢性期(RAINBOW-HX)に対して臨床研究を準備中です。早ければ2023年4月から開始を予定しています。 今後、治験に対する候補患者さんの募集を行う予定です。治験参加を希望される患者さんは北大病院脳神経外科外来までご連絡ください。

脳内への幹細胞移植手術

歩行機能が回復した患者さん

脳腫瘍に対するPETの有用性の検討(核医学診療科との共同研究)

PET検査(ポジトロン断層撮影法)は癌領域では欠かせない検査になっていますが、 脳腫瘍の診断においてはメチオニンという核種を使用した検査が有用と言われています。 最近、メチオニンPETの有用性を証明し、かつ薬事承認を得ることを目的とした臨床研究が終了し、 有効性を証明することができました。現在、この試験結果をもとに、 メチオニンPETが脳腫瘍診断で日常診療として使用できるように準備を整えております。 また、新規の核種を用いた診断方法も今後登場することが分かっており、 これらの診断方法を用いた脳腫瘍診断の前向き研究、 診断結果と予後や治療成績との比較などの後方視的観察研究を行っています。

個別化医療に向けたがんゲノム診断の導入と検証

がん治療において、従来のような疾患別の治療法ではなく、 腫瘍特有の遺伝子異常(体細胞変異といいます)に基づいた個別化医療が実現しつつあります。 近年の大規模ゲノム解析により、脳腫瘍においても特有の遺伝子異常が徐々に判明しています。 当院は全国12か所のがんゲノム医療中核拠点病院であり、 脳腫瘍の診断においても「がん遺伝子パネル検査」という次世代シークエンス技術を基盤とした ゲノム診断を積極的に取り入れております。 これらの診断を治療にどのように活かすことができるかの検証を行っております。

小児がん拠点病院としての取り組み、小児脳腫瘍に対する陽子線治療

当院は小児がん拠点病院に指定されています。 多くの小児脳腫瘍の患者さんの治療を行っていますが、 小児脳腫瘍はそもそも非常に稀な疾患であり、単施設での症例集積や臨床試験は困難です。 当院では日本小児がん研究グループ(JCCG)と連携し、多くの臨床研究に参加しています。 また、当院に導入された陽子線治療は、平成28年から小児腫瘍に対して保険適応となりました。 陽子線治療は、通常の放射線治療と比較し、正常組織に放射線治療の影響が少なくなるため、 小児脳腫瘍の患児には大変大きなメリットがあると考えられています。 これらの治療について後方視的検証を行い、報告を行っています。

パーキンソン病に対する脳深部刺激療法後に生じる高次脳機能変化に関する検討

パーキンソン病、本態性振戦をはじめとする不随意運動疾患を対象に行われる脳深部刺激療法(DBS) (図参照)では、術後、一部の症例でうつ状態やアパシーといった精神障害や認知機能障害を呈することが明らかにされていますが、 その機序について十分に解明されていません。 本研究は北大病院の自主臨床研究として(自014-0032)、 DBS後の高次脳機能について各種臨床心理検査と機能画像を用いて前向きに調査し、 高次脳機能変化と特定の脳領域の活動変化との関連について解明することを目的としています。

AI技術を用いた手術映像の多元的解析研究

脳神経外科手術は、顕微鏡手術に代表されるように、 難易度の高い技術が求められるものとして広く認識されてきました。 しかし、手術技術やその工程そのものを客観的にデータ分析する手法があまりなかったため、 外科治療の有効性を検証する研究などにおいて、その質にも影響を与えてきました。
本研究は、これまでに膨大に蓄積された手術映像を、 最新の人工知能技術を導入して多面的にデータ化分析しようという試みです。 これにより、手術の安全性や有効性に直接影響を与える因子を、 直接的に割り出すことが可能となり、より安全な手術治療法の開発や、 より良い術者教育法の発展に貢献します。また、データ化されて蓄積した知見は、 手術ロボットや手術AIなどの近未来的な医療機器開発における基盤データカタログになりえることから、 これらの開発促進にも役立つことが期待されています。

神経症状の客観的評価法開発とAI診療補助システム開発

脳、脊髄や神経の病気は、神経症状という形で発症します。 画像検査などが発達した現代においても、この神経症状を正確に評価することが、 適切な診断や治療法決定における最重要な要素となっています。 しかし、これまでの神経学的評価法の多くは、 一定の評価基準や評価者の熟練に依存した定性あるいは半定量的な方法が主体でしたし、 限られた外来診療時間の中で効率的に行うことにも課題がありました。
本研究では、患者さんの‘ふるえ’などの症状の映像や、 筋電図などの電気生理学的検査の情報を、最新のAI解析技術なども応用することで、 客観的かつ定量的な神経症状評価法の開発を行うことを目的としています。 この分析データを元に、将来的には、 適切な診断や治療決定を補助するAI開発につなげていきたいと考えています。

ヴァーチャルリアリティ(VR)
手術シミュレーション

VR(仮想現実)技術は、近年発達・普及してきており、ビデオゲーム領域のみならず、航空産業・宇宙産業などのハイリスク産業においても、パイロット育成などに応用されてきました。我々の施設では、術前の手術シミュレーションや脳神経外科術者の育成を目的として、コロラド州立大学と協力して独自のVRシステム(BananaVisionTM)の開発、および有効性の実証研究を行っています。このシステムは、患者さん個々の平面画像をVR空間内に三次元モデルとして再現できることが特徴であり、外科医の三次元的な解剖理解を促進する効果があります。複数人で共有でき、手術操作もシミュレーションできることから、単に術者育成だけでなく、実際の手術における重要な意思決定にも役立ち、手術の安全性を高めることができることもわかってきました。

手術教育と臨床解剖に関する研究

脳神経外科の手術は目覚ましい発達を遂げ、複雑化し、さらに安全性も向上させる必要があります。そのためには解剖学的知識を習得し十分な手術シミュレーションを行う必要があります。遺体を用いた臨床解剖実習は最も有効な手術シミュレーションの一つですが、いくつか欠点があります。一つには多大な労力と時間をかけて行った臨床解剖の知識がなかなか定着しない場合があります。篤志献体を利用させて頂く以上、より深く、より効率的に手術を学ぶことは責務だと考えており、数年前からこの問題に取り組み、一定の成果を上げています。
もう一つの欠点は生体と遺体のギャップです。Thiel博士の考案した死体防腐処理法は皮膚や筋骨格は実際の手術に近い感覚で解剖可能ですが、脳や神経組織の固定が不十分で脆く、脳神経外科の手術シミュレーションには十分とは言えません。そこで脳も含めた全身臓器を生体に近い状態で保存する方法を開発する研究を行っています。

臨床解剖実習室 
CAST Labが利用でき通年の臨床解剖が可能

近年盛んになってきている
経鼻的内視鏡下頭蓋底手術シミュレーションも行う