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No.14|Work-Life Balance

  • Four Ring Newsletter
  • 2013年07月08日

 昨日、一年に一度の日本脳神経外科学会の野球大会の北海道地方予選があり、当教室のチームが、名誉ある北海道代表に選ばれた。とにかく、熊本で開催される全国大会に出場する権利を得た。
この野球大会には、様々な批判があることも知っている。その根拠は、無駄なお金がかかる、折角の休日を職場の人間と過ごすのは苦行である、野球と医者の仕事はそもそも何の関連もない、仕事を調整してまでするほどのものではない・・・というあたりに総括される。
 どれももっともな話で、僕は、少なくとも野球をしたくない先生方を無理に集めて、監督ぶって、つまらぬ権力を誇示しようなどとは少しも思っていない。正直に言えば、僕の数少ない休日をほぼ終日にわたって制限する「野球大会」は、僕自身、かなりの負担である。選手としての活躍の場がなくなり、ついつい、雁来の茫洋たる野球場の荒れた芝の上で余計なことを考えた。

 以前から、少々、危惧してきたことがある。それは、僕が、周囲から、重症の仕事中毒者(Work-holic)と思われているのではないかという心配である。
実際、平日は言わずもがなであるが、週末にも自宅にいることはほとんどない。日曜日の午後は、ほとんど、職場の自室で、効率の悪い仕事に時間を浪費して、大学を出るのは、午後7時半くらいである(多くの教室員が目撃しているはずです)。10年くらい前、出版や論文執筆のピークの頃には、土日でもほとんど平日と変わらない仕事ぶりであった。「日曜日の夕食くらい家族と一緒に」という思いがあり、午後7時くらいに一旦自宅に帰り、夕食を済ませ、午後9時くらいにまた自宅を車で出て、2-3時間、日曜日の深夜に、大学の自室に閉じ込もり、時計が月曜日になる頃まで、仕事している姿は、鬼気迫ると言うか、これぞ、異常な仕事中毒の典型であったと自分でも思う。おそらく、これを「労働」ととらえれば、僕の一週間の労働時間は、平均90時間を超えていたと思う。その頃は、加えて、関連病院での臨時手術とあれば、出かけていくこともしばしばあり、瞬間最大風速的には、一週間の労働時間は、120時間を超えていたかもしれない・・。一週間が24×7=168時間であることを考えると、恐ろしい話である(法定労働基準法では、使用者は労働者に一週間に40時間を超える労働をさせてはならないことになっている)。余談ではあるが、ある結婚式で、当時、東京大学の医科研に勤務していた先生と隣り合わせたことがある。先生が、僕に向かって「先生は、普段は、何時頃、御帰りですか」と尋ねられたので、「だいたい、午後10時半くらいに職場を出ます」と答えた。そして、僕も返礼として、「先生は?」と尋ねると、「そうですね・・6時くらいでしょうか」という答えが返ってきた。さすがに、東京大学ともなると、労務管理も厳格なのだと思う矢先に、隣に座っていたその先生の奥様が、「午前6時です。午前6時に帰ってきて、2-3時間仮眠を取って、また、職場に向かいます」と言われた時は、さすがに、驚いた。彼は、当時、一秒を争うようなgenome解析の最先端の仕事をしていた。

この頃の僕の意識(今でもあまり変わりないが)では、使用者(病院経営者、あるいは、法人、文部科学省)というものを具体的にイメージすることは全くなく、全ては、自分の意思に基づいた行動であり、仕事や労働という意識すらなかったような気がする。その結果、当然のことながら、労働基準法違反の意識もなく、多少の疲労感があったものの、充実した毎日であり、本人はいたって意気軒昂、幸せであった。それに見合う給与とは全く思っていなかったが、多くの手術の機会を与えられ、論文が次々と受理され、出版され、そして自分が主体で書かれた出版が書店に平積みにされるのを見ることは、金銭やありきたりの称賛には代えがたい、至高の対価であり、喜びであった。もともと、座右の銘などを持つほどの人間ではないと思っているが、立場上、やむを得ず、そのような言葉を求められると、“Work works for us.”という言葉を選んでいたのもこの頃だと思う。
意味は、「仕事によって、仕事をすることで、人間は、成長する」というように理解している。言い換えれば、仕事をすることで、人間は生き生きと生きる・・・仕事をするために生きるというわけではなく、仕事によって、人間は人間になる・・・と信じていた。その信念は今でも変わらない。
 
 ・・・が、しかしだ。最近、尊敬する方から、「仕事するために生きるのではなく、生きるために仕事をするのが、本当の姿」だと言われた。生きる・・・というのは、もちろん、最低限の衣食住を得て、生命を維持することばかりではなく、より良く人間らしく生きることを意味している。仕事は、「たまたま」、「偶然」に与えられたものであり、「生きる」ことの必然にはならない・・・。という展開になると、もう、実存に関わる問題であり、マルクス、サルトルの世界である。この問いは、人間の存在に関わる深いテーマであり、容易に答えが出せるものではない。

 長いレターになってしまうことは本意ではない。そろそろ、まとめを・・・。
僕自身が選択した生き方として、仕事を人一倍大切にしてきたことは事実である。しかし、少なくとも、例外的なことを除けば、仕事は、いつも、強制されたものではなく、生きることと同義であった。これこそが、Work-holicと言うべきものかもしれない。つまり、仕事をしていることが、ある種の「快感」になっている状態であり、これこそが、強いられた就労状態における過剰労働とは別の意味で、深刻な状態であるかもしれない。
 ただ、このことを周囲の先生方に強制したことはないし、この生き方は、一つの選択であり、よりよく生きる方法が他にあるのなら、それを先生方は選択してほしいと思っている。

 そして、話を最初に戻そう。野球をすることと、良い脳外科医師であることは、どんなに大規模研究をしても、何の有意な関連も見出すことはできないであろう(これは、直観的ではあるが、おそらく、間違いない)。だから、本来の「仕事」とは何の関連もないし、最初の反対論に対して、論理的な反論はできないように思う。
「仕事」と「仕事以外のこと」を明確に分けることは、最近のWork-Life Balanceの考えである。言わば、メリハリをつけて、仕事と生活を明確に切り分けることを行政的に調整する考えが主流である。その意味では、この野球大会は、世の流れに反している。昭和の残像であり、オジサン達の風習・風俗である。

しかし、今回、野球大会に参加して、改めて、仕事と仕事以外の生活の関係を改めて、考えさせられた。ろくに選手として活躍できなくなり、余計なことを考えるようになってしまっただけかもしれない。しかし、仕事と仕事以外のことは、一人の人間の人生・生活の中では、ある種の複雑系を形成していると僕は思う。言い換えると、仕事と仕事以外の生活の境界に大切なものが潜んでいるような気がする。そこから得られるものの貴重さを考えると、単純なWork-Life Balanceの考えは、人・医師の成長を阻害するものにしかならないように思う。

僕のようなwork-holicを推奨する意図は毛頭ない。これは、僕の流儀であり、これが僕にとって快適であるからと言って、他人に薦めるつもりはない。ただ、仕事と仕事以外を簡単に切り分けることで、失うものも多い。そんなことを雁来の草野球場の荒れたファールグラウンドの芝の上で夏の日差しを受けながら、精一杯にプレーする先生方の姿を追いかけながら考えた。