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No.16|2014年謹賀新年

  • Four Ring Newsletter
  • 2014年01月06日

1.新春・「吉」

 新年明けましておめでとうございます。今年もFour Rings Letter、よろしくお願いします。
最近は、ネタ切れというか、ボキャ貧よろしく、ネタ貧の状態である。スランプと言うのはもう少しレベルの高い人の不調状態を指すので、適切ではないかと思うが、能力以上に高座の依頼を引き受けてしまい、小話のネタの切れた落語家に近い状態である。それで、ついつい、二番煎じネタから捻り出す羽目になってしまう。

 昨年の年賀のFour rings letterでも、御神籤をネタに拙文を書かせてもらった(註1)。実は、今年も、医学書院が発行している医学界新聞という由緒正しい定期刊行物の「新春随想」というコラムを依頼され、またまた、御神籤ネタを使ってしまった(註2)。内心、忸怩たる思いがある。
 と言いつつ、舌の根も乾かぬうちに、またまた、御神籤話である。今、紹介した医学界新聞の新春随想を見てもらえるとわかるが、今年は何が何でも「大吉」か「吉」の御籤を引かなければならない自縛を作ってしまった。1月2日の午前中に、意を決して、家人を引き連れて、近所の神社に向かった。値段の高い御籤の方が、吉兆の確率が多いはずだという浅薄な拝金信仰があり、いつも、100円ではなく、200円の御籤を引くことにしている。金に糸目を付けないという一貫性があるかと言えば、そこが、貧乏人の性。実は大抵の神社には1本500円の高額の御籤があるのだが、さすがに500円は高いという庶民の金銭感覚が働き、結局、毎年、1本200円の御籤を引く。御籤箱に右手を差し入れ、手に纏わりつく、まるで、生き物のような御籤の大群の中から、手に引き付けられるように寄ってくる一本を「えいっ」と引き抜いた。
 「末吉」・・・が出た。ご存知なければ、やや、説明調になるが、末吉は、一般には、「凶」に最も近く、あまり宜しくない「吉系」御籤であり、吉系のおみくじランキングでは最下位になる。ご託宣も芳しくない。「五里霧中、霧に視界を遮られた有様。ここは、じっと、あらゆることを控え、耐える時期と心得るべし・・・」と最初のメッセージを読んだところで、これはまずいと茫然となったところを家人が横からのぞき見して、「ほら、見なさい。大吉なんてそうそう出ないんだから」とドヤ顔で、勝ち誇っている。
 「もう、一本引く! 今の末吉は木に結び付ける!」と、もはや、オヤジの傍若無人のルール無視である。二本目をもう一度、さらに気合いを入れて引く。
 またもや「末吉」・・・。ご託宣は、前の末吉と比べても、一層、テンションが下がるものである。このあたりで、もう冷静さを完全に失っており、500円を手にして、200円の3本目の御籤を引く。家族は呆れ返って、言葉もない。
 「吉」・・・。ついに、新春随想で宣言した「吉」が引き当てた。この方法であれば、いつかは大吉も出るに決まっているが、そこはここまでと決めた。この「吉」・・・ご託宣が素晴らしい。ほとんど大吉に匹敵する吉兆のメッセージである。
 

2、未破裂脳動脈瘤-大数の法則

 他愛もない、つまらぬ、御神籤の違法引き当ての話を延々とするつもりはない。
人の運命は分からない。明日をも知れぬ命、その無明さは、御籤のようなもの。とは言え、臨床医学はこの「人間の定め」という深遠なテーマと向き合っている科学である。御籤は、大吉、吉・・・大凶と、ある確率が事前に定まっている。僕のようなルール無視の「出るまで引きまくり作戦」は論外であり、本来、一本しか引けないものである。ベイズ確率の考えからすれば、事前確率がどうのこうの言っても、結局、引けるのは、たった一本の御籤である。
 未破裂脳動脈瘤に関して、昨年、日本から、北大も多少の貢献をしたUCASの論文がNew England Journal of Medicineに発表された(註3)。

その要旨は
1. 日本において治療されていない未破裂脳動脈瘤の破裂率は年0.95%であった。
2. 破裂は小さな動脈瘤でも発生するが、大きな動脈瘤ほど破裂の危険性が高かった。
3. 前交通動脈、内頸動脈-後交通動脈分岐部の動脈瘤は中大脳動脈の動脈瘤より破裂率が約2倍高かった。またこれらの部位の動脈瘤は比較的小さなものでも破裂率は年0.5%以上であった。
4. 不正な突出(blebまたはdaughter sac)のある動脈瘤はないものに比較して約1.6倍の破裂率であった。

という、ある意味、これまで私たち臨床の脳外科医が持っていた経験則とよく一致するものであった。しかし、一方で、あれだけのエネルギーを費やし、大きなN数(5720例)の観察研究でわかったことが、ある意味、たかだか、この程度だったという、軽い失望が、僕にはあった。この研究で、私たちの臨床の現場、特に、未破裂脳動脈瘤の患者さんを診る状況に何ら変化は起こらないように思われる。

 正月早々、残念な話ではあるが、長く外来で保存的治療をしていた未破裂脳動脈瘤の患者さんの訃報の連絡を受けた。重症くも膜下出血で、外科治療の適応もなく、亡くなられたらしい。もう7年ほど、僕が一年に一度のMRAで経過観察をしてきた患者さんであった。改めて、MRAを見直したが、大きさは3ミリ程度で、経年的変化もなかった。後方視的に見ても、破裂はほとんどあり得ないと思われる動脈瘤であった。ご本人も治療を全く希望されていなかった。
 大数の法則(Law of Large Number) からすれば、この一例は一例であり、UCASの結果から少しも外れないものである(註4)。しかし、この破裂で働き盛りの命を失った患者やその家族の目線から考えると、UCASの結果も大数の法則もエルゴード理論も関係ないのである。どんな大きなNの研究結果であろうが、破裂によって一命を失うことに変わりない。
また、治療していた僕の目線からすれば、結局、破裂を全く予知できなかったのが、事実として重く残る。あるいは、30年も医者をやってきて、結局、何もできなかったという厳粛な無力感が残る。一体、いつになったら、私たちは動脈瘤の破裂を確実に予測できるようになるのだろうか。あるいは、言い方を変えると

  ・個々の動脈瘤の破裂を高い確率で予測する方法の確立は可能か?
  ・可能であれば、どんな研究をすればいいのか?

となる。まるで、無理難題を押し付ける駄々子の質問である。

 医学は言うまでもなく、自然科学の一分野である。自然科学では、観察とデータに基づいて、帰納法(Induction)から結論が導き出される。言うまでもなく、UCASの手法は、帰納法そのものである。帰納法を取る限り、予測は確率で表現されるレベルから抜け出すことは絶対にない。例外はいつも存在し、それらは、「仕方ないこと」、「人知の及ばぬこと」として丸めるしかないのが、帰納法であり、その限界である。
 私たちの科学は、発生頻度の低い、希にしか起こらない現象に対して、適切な解析方法を持っていないように思われる。そういうと、他の自然科学の分野の専門家に厳しく批判されるかもしれない。しかし、帰納法を採用する限り、頻度の少ない現象の法則性を見出すことは容易ではない。地震の予知が、膨大なデータと多くの天才的・献身的な科学者の挑戦を跳ね返し続けていることを見ても、帰納法の限界が見えてくる。その現象が、天気や株価の激変のようなものではなく、ある具体的な一人の人間の命に係わる場合には、それは、関わる研究者の気持ちを萎えさせ、無力感をもたらす。
 昨年、私たちは、小さな学会を主催させていただき、複雑系、あるいは、非線形科学の一端に触れる機会を得た。医学が、典型的な複雑系、非線形科学に含まれるということを改めて知った。しかし、この複雑系・非線形科学を知れば知るほど、私たちの扱う医学の科学としての危うさを実感した学会でもあった。

 
3.少数の法則

少数の法則 (Law of Small Number) は大数の法則ほど知られていないが、少数の法則というものがある。少数の法則は、大数の法則と対をなしている科学的な法則ではなく、むしろ、人間の判断における特異な傾向(しばしば、間違っている)を示すものである。端的に言えば、本来、極少ないサンプルと特徴から間違った全体の結論を導くミスリーディングを意味している(註5)。
しかし、医師、なかでも、外科医は、日常しばしば、この少数の法則に行動を支配されることがある。つまり、医師達は稀な一例でも実際に経験すると、それを拡大化して、一般論化する傾向がある。今回の一例の破裂を経験すると、しばらく、破裂の確率を高く予想する傾向が生まれることも事実である。症例報告の解釈における危険は、本質的には少数の法則に外科医が極めて鋭敏に反応する傾向があることに由来する。
しかし、そうした少数の法則や経験則が、しばしば医師の判断や様々な選択を決定する(註6)。臨床医師が、いわゆる大数の法則に屈した近年のRCTを中核としたevidence based medicine (EBM) に対して、ある種の違和感や(EBMを支持する側にとっては言われなき不条理な)反発を覚えるのは、臨床家が、日常の診療活動では、大数の法則より、少数の法則に従う習性を持っているからである。医師の判断・選択は、大数の法則を科学的根拠としつつも、しばしば、印象的な少数の経験から引き出される少数の法則に従い、ヒューリスティックな選択が多用される(註7)。これは、ややオフレコに近い話であるが、手術の結果で、思いがけない合併症が連続すると、「神社にいって禊をして来い」だの、「主治医、交代」などという、科学者にあるまじきコメントが不自然でないのが、外科医の世界である。
今年は大きな学会もなく、少し腰を据えて、脳神経外科の目線から、医学におけるデータの取得・分析・解釈の問題を考えてみたい。医学に身を置くものとして、帰納法を否定するものではない。しかし、実臨床により役立つ少数の限られたデータの利用による判断・選択の方法、あるいは、医師の判断がどのようなプロセスで行われるべきかと考えるべき一年と思っている。来年には、「データと発見」(Data and Discovery)というテーマで第74回の日本脳神経外科学会の開催を予定している。
身分不相応な大それたテーマにしてしまったと多少の後悔がある。一人では到底、身がもたない。教室の先生方の斬新なアイデアを期待している。

 
さて、2014年、本講座は、開講50周年の節目を迎える。今年は、次の50年に向けて、新しいスタートの元年でもある。慶事であり、教室の運勢は間違いなく上昇機運、ややルール違反であるが、教授の今年の御籤は「吉」である。少数の法則だろうが、何だろうが、「吉」は吉である。ご託宣も文句なしであり、バーナム効果(註8)だろうと言われようとも、良いメッセージや吉兆は倍々に膨らせましょう。

 良い一年を。

参考
1. Four Ring Newsletter 第12号
2. 週刊医学界新聞
3. UCAS研究
4. 大数の法則
5. 少数の法則 ダニエル・カーネマン ファスト&スロー 早川書房
6. 選択の科学 シーナ・アイエンガー 文芸春秋
7. 思い違いの法則 レイ・ハーバード インターシフト社
8. バーナム効果