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No.17|ヒト・・・犬・・・・コホート

  • Four Ring Newsletter
  • 2014年12月08日
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1、ペットロス
「無二の友人」、「最愛の伴侶」を失ったというと、一体何事かと思われるかもしれないが、昨年4月、12年半の苦楽を伴にした愛犬を失った。犬を飼ったことのない人から見ると、宝金は実にひ弱で幼稚な人間であると思われるかもしれない。単なる伴侶動物(法律的には所有物の一つ)を失ったくらいで、何を大げさな・・・と思われるかもしれない。当然である。一方で、犬を長く飼った人間から見れば、この僕の思いに大抵は共感していただけると思っている。しかし、愛犬の死で、掛買いのないものを失う一方で、得難いものを得ることができた。
それは、愛犬を実によく診てくれた素晴らしい獣医師の先生を知り合いになれたことであり、その先生のご指名で獣医師の先生方の学会で講演の機会を得ることができたことである。獣医師の先生方の学会での講演は、当然ながら、人生初めての経験であり、過去10年を見ても、最も、準備に時間をかけた講演となった。もちろん、人の脳神経外科医として、脳外科の進歩をお話しするのが主旨ではあったが、これを機会に、「犬学」を始めようと思った。あれ、宝金先生、何を夜中までごそごそ勉強しているのかと思ったら、「犬」の勉強をしていたのですか!と呆れられてしまうかもしれない。ただ、言い訳がましいが、日常の人の医師としてのルーチンを精一杯終えてから、深夜に猛勉強していたので、勘弁してほしい。
「犬学」は、まだ、日本では確立した学問ではない。成書もまだ日本からは出版されていない。あるいは、大学などの「犬学」の講座はない。アマゾンで、犬に関する学術書を10冊以上買って、まさに、読み漁った。ただ、ここで、「犬学」の何たるかを語れば、この領域の専門家からは浅薄な知識を揶揄されるだけである。また、多少、並みの愛犬家に比べるとアカデミックに膨れ上がった知識を披露しようとすると、この紙面では不可能でもある。ここでは、犬の生物学を通じて垣間見た医学と動物学との関係にだけ触れてみたい。
 
2、Deep homologyとEpigenetics
僕たちは、「人」という特別な生き物を扱う「医学」の世界に生きている。その一方で、その基礎を支える基礎医学では、試験管でナノのレベルの物質の挙動を観察し、ゲノムを解読し、ラットやマウスなどのげっ歯類や哺乳動物などを使った動物実験医学からの成果に依存している。その基本的なドグマは、deep homologyと言われる生物の根本的な相同性である。種や個の差はあっても、ゲノムから始まる一連の機構は、あらゆる生物において、相同であるという確信がなければ、「実験から臨床へ」というコンセプトは成立しない。ラットで証明された仮説が、人において成立するためには、こうしたdeep homologyを前提にしている。実際、実験動物において得られた知見が、人の医学においても再現され、目を見張る成果をもたらすことを目撃してきた僕たちは、このdeep homologyを疑う余地のないものこと確信している。
しかし、その一方で、いわゆるepigeneticsという個の内部における信号伝達の不安定性や複雑性、あるいは、さらに非線形性が発見され、それはdeep homologyと衝突するように思われてきた。生物における多様性は、種の多様性ばかりか、同一のゲノムを持つ個体でさえ、epigeneticsによる多様性を示すことが示された(全く相同のゲノムをもつクローンでも、手足や尾の長さで、表現型が異なるし、異なる病気になる)。
この言わば、量子力学で言う、微視的なレベルでの世界の対称性と、実世界での非対称性・無秩序性との対立のように、生物における相同性と非相同性の対立がある。それは、生物学の基本的な対立構造でもあり、ネオダーウィニズムとネオラマルキズムの対立の構造でもある。

3、医学と獣医学
獣医学との関係において、人の医療者(少なくとも僕)は、二つの間違いを犯してきた。一つ目の間違いは、deep homology 相同性に深く目を向けることなく、獣医学や他の動物での医学の発達との情報共有を怠ってきたことである。人のタコツボ心筋症 (日本人が報告したものであり、Takotsubo Cardiomyopathy) と動物の捕獲心筋症 (Capture Myopathy) が極めて類似していることなどは、最近、米国のホロビッツ先生が、Zoobiquityという新しい統合動物学で示すまで、医師側からは指摘されることはなかった。また、乳がん発癌のBRCA1などが、ネコ科の動物(ジャガーなど)、一部の犬(イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル)に普通に見られ、乳がんの発生が増えていることも医師は知らない。
僕の愛犬は、下肢の浮腫が最初の症状で、初診で、腹部に大きな腫瘍性病変が発見された。結局、バイオプシーで、これが、悪性リンパ腫と判明した。ただ、その過程で、咬筋筋炎という疾患に罹患した。これと悪性リンパ腫の関連は明確ではないが、Pub-Medなどで人の文献を調べると「悪性リンパ腫」と「皮膚筋炎」は、しばしば合併することも分かった。疾患という視点から見ると、人と伴侶動物の間には、強い相関がある。人において、従来まれであった悪性リンパ腫を見る機会が急増するのと並行して、犬の悪性リンパ腫も増加している。医師も獣医師もこうした大切な情報共有を怠ってきた。
二つ目の間違いは、上記の間違いの裏返しになるが、deep homologyの過大評価である。ゲノム解析が進行していた当時、ゲノム解読により、多くのことがpredictableとなり、それは、基本的には、生物種に寄らないレベルの現象にまで追い詰めることができるという、ある意味、壮大な原理主義・楽観主義が、医療界にはあった。しかし、人を含めた多くの生物種のゲノム解析が終わり、それから先に途方もない未踏未知の荒野があることを知り、熱い空気は急速に冷え込んだ。動物愛護団体には、様々な主張があるが、その一つは、動物実験で得られるデータや情報、知識が人に使えるというのは、極めて限局しているものであり、動物実験そのものが、意味がないと主張するものである。実際、epigeneticsはdeep homologyと対立するものではないが、その影響は生命現象の根幹に関わるものである。それは、畢竟、異なる種の疾患研究に対する根本的な疑念を浮き上がらせることになる。人の医学は、人でなければわからないし、epigeneticsの行き着くところは、究極のpersonalized (tailor-made) Medicine (p-medicine)であり、deep homologyとは異なる方向を指し示している。
 
4、人と犬、収斂進化
ヒトの医学と生物学、特に、犬などの獣医学との間を行き来すると、僕たちの「医学」が寄って立つ基盤の危うさと浅さに気付く。しかし、一方で、ホロビッツの主張するようなZoobiquity(まだまだ、未熟なものではあるが、可能性を秘めている)、統合動物医学が、医学、獣医学にもたらす未知の可能性にも目を見張らされる。例えば、人でのコホート研究が、臨床的に極めて重要な情報をもたらすが、一方で、極めて長期にわたる研究が必要であり、人を対象にする限り、脱落が多くなることは必然的である。従って、実際には、大きなコホートを長期にわたって継続するのは、容易ではないし、費用も膨大であり、かつ、研究参加でbenefitを得られるには、実際には後世の人々である。大変な労力と経済的な負担を要するものである。
ヒトと犬は、よく収斂進化のテーマとなる。収斂進化は、全く系統の違う(ゲノム的に極めて遠い)生物種が、似たような体形や行動を呈するようになることを示し、環境によるepigeneticsが関与していると考えられている。人と犬の深い関係が、収斂進化まで引き起こしたと考えるのは、やや無理があるとは言え、犬が、人の生活に中に最も深く入り込んだ生物種であることは間違いない。犬は、リンパ腫を多発し、髄膜腫でてんかんを来たし、糖尿病になり、老いては認知症になる。そこには、コホート研究のテーマとして、思いがけない可能性が見える。犬の寿命はヒトに比べれば短い。せいぜい、15年程度であり、何よりも、追跡は、人とはくらべものにならないくらい容易である。犬と飼い主コホートにより、人と犬の知られざる関係ばかりでなく、人の臨床に極めて有用な危険因子の発見など期待できるかもしれない。
 
 と言ってしまうと、結局は、動物愛護団体の攻撃の対象となる「人」にとって都合の良いhomologyの立場と全く変わらないようにも思える。犬を人間のsurrogate markerとしてしか見ていないという批判も甘んじて受けなければならない。所詮、屁理屈をつけても、結局は、犬バカには違いない。人の心と生活空間を占有する不思議な動物、「犬、恐るべし」である。